自由な生活を

将来はサイドFIRE!

苦労が早いか遅いか

どうも、ゆたんぽです!

今日は苦労について。

今日はちょっと文体を変えてみます。どうでしょうか。

 

 

私は学生時代、「苦労」について考えることが多々あった。それはなぜかというと、自分の周りの友人たちが非常に苦労しているように見えたからである。

友人たちはこんな感じである。

  1. 高校時代、生活費が厳しく、バイトに勤しむが体調を崩してしまい登校困難になる
  2. 大学時代、片親。生活費も厳しい上に下宿しており、さらに親が金を取りに来ることもある。奨学金は1.2種両借り
  3. 大学時代、片親。学費を稼ぐためにバイト。兄妹もおり金銭的にギリギリ。奨学金も借りている。

 

もちろんかなり恵まれている環境にいる友人もたくさんいたが、私はどうしても不遇に見える方に目が行ってしまった。決して蔑んだり優越感を感じる為ではない。そもそも親しい友人にそんな感情を抱いては親しいと言えない気もする。

 

彼らを見ていて、「私には苦労が足りないのではないか?」と思うようになった。別に私は裕福でもないし、どちらかと言えば貧困な家庭であったが、両親もそろっているし学費も払ってくれていた。この環境が非常に恵まれていると感じた。実際奨学金を借りてまで大学に通っている人の方が多いだろう。

 

私の家庭の場合、今までの両親の貯金のおかげでどうにかなったが、父親はうつを発症し現在フリーター。母は数年前にパートで働いていた会社が無くなり無職。大学まではどうにかなったが、これからは到底大丈夫とは言えない。

 

しかし、これまでは安定して恵まれている生活を送ってきたはずで前述の彼らに比べると私は苦労が足りないと思う。よく「若いころの苦労は買ってでもしろ」というが、そういった思考に近い。

苦労が足りないから自分が立派な人間でないと感じてしまう。自己肯定感が下がる。楽々生きてきた人間よりも苦労してきた人間の方が強いと信じている。だからこそ苦労をしないといけないと思った。

 

最近見かける言葉に「今の幸せは将来の幸せの前借り」というのがある。食事に例えてみると、今の快楽のために暴飲暴食や偏った栄養を摂っていると将来健康を害するし、寿命も縮まるといった感じ。

この考え方は前述の若いころは~に通じるものだと思う。今まで私は比較的幸せな生活を送っていたとして、これからはきつい仕事で少しでも苦労をしようと思う。そういう意味では今の仕事はきつい、と感じるので適していると思っている。

元々転職前提で入った会社であるし、ちっぽけな苦労かもしれないが、1年でも2年でも続けることで何か活きてくるものがあると考えている。実際この3ヵ月で感じることは非常に多かった。

 

今までの人生でゲームやアニメなどの快楽を優先し、勉学や自己研鑽を怠ってきた人間としては今が苦労する時だと思う。目標としてFIREやサイドFIREを掲げるのは苦労した先に温存しておいた幸せを置いておきたいと思うから。できるかは分からないが目標を掲げるだけでも意識が変わる部分もあるはず。

 

まだまだ甘いのかもしれないが、目標に向かって生活費を抑えて節約し、大きく貯蓄することでゆくゆくは楽しみ、幸せを享受できる人生にしたいと思っている。苦労している人たちの精神性を見習ってちょっとでも成長したい。

 

今回はここまで、ありがとうございました~